【ローマ6:6,8,11】
わたしたちの古い自分がキリストと共に十字架につけられたのは、罪に支配された体が滅ぼされ、もはや罪の奴隷にならないためであると知っています。・・・わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きることにもなると信じます。・・・このように、あなたがたも自分は罪に対して死んでいるが、キリスト・イエスに結ばれて、神に対して生きているのだと考えなさい。
キリストを信じることの中身には、古い自分がキリストと共に死に、キリストと共に生きることが含まれます。
キリストと共に生きる!! 素敵な人生です。
そのために、古い自分が死のうと努力すればいい?
その努力をすればするほど、古い自分が生き返っていきます。キリストと共に生きるすばらしさに近づける気がしません。
「信じます。」 また「考えなさい。」と、あります。
自分はすでにキリストと共に死んだ、と信じて考えるわけです。
そう信じて考えるのは、キリストを信じる者は、キリストと共に十字架につけられ、キリストと共に生きることになるのが事実だからです。
主が成してくださる事実を、信じ、考えることによって、本当に信じる者の現実となります。
主に栄光!
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